2015/06/01
福島県国道6号の旅

ワケあって福島へ友人Mと二人旅。
いわきまで特急で行き、レンタカーを借りて、
ひたすら国道6号線を走るというのが今回の最大の目的。

原発の現実を知るために。福島の現実を知るために。
Mの運転でひたすら北上。
福島第一&第二原子力発電所がある 国道6号

快晴。空はとても青い
Jヴィレッジは作業に従事する人々の車で埋まっている。
その数、夥しく。

6号線からはほとんど見えない
第二は国道6号線から東側にはるか遠く。
6号線の東西は立ち入り禁止

廃屋
両側は草が生え、放置された建物はそのまま。

エネルギー館の存在自体が虚しい
双葉警察署前の第二原発エネルギー館。
ファンシーなキャラにもう二度と騙されない。

浪江町
帰還困難区域の立て看板に「「牛と衝突」という看板もある。
そのほか、「獣と衝突」もある。
家畜が野生化したケースと、人間がいないユートピアに降りてきた
野性動物が多いらしく、衝突注意の看板が多々。

ファッションセンターも廃屋に

ところどころに放射線量表示
3.423μSv/h…の中で作業している人や警察官、警備の人がいる。
一般人は通行は可能だけれど、
規制があるし、車を止めるのは問題あり。
なによりも作業の邪魔をしてはいけない。

とにかく道はまっすぐ

延々とまっすぐ

家や横道にはものものしいバリケード
家に入れない・帰れないというのはどういうことか。
原発に事故がおきたとき、町はどうなるのか。
ふたりして言葉を失う。

さらにまっすぐ

ここは4μSv/hを超えていた

帰還が困難じゃなくなる日はいつくるの?

津波に流されなかった、かしまの一本松

あたり一面見渡す限りの平地に何を感じ取るか

平地にはシロツメクサが生えている


いわきから南相馬まで約80キロ、ひたすら北上する国道6号線の旅。
ニュースで耳にしてきた地名を改めてなぞる。
楢葉町、富岡町、大熊町、双葉町、浪江町、南相馬市。

園子温の映画「きぼうのくに」に出てきた場面も肉眼で確認。

NHKドラマ「LOVE LIFE SING」に出てきたシーンを断片的に思い出す。
「3・11をなかったつもり」という歌。
ともさかりえのセリフ「ここは日本から捨てられたんだよ」。
福島県出身の子は「宮城県出身」と嘘をついてしまうというシーン。

震災後、福島を訪れたのは3回目。
最初はスパリゾートハワイアンズ、2回目は福島県立美術館。
今回はもっとも直に見て感じるべきところへ行けた。

おなかが減ったので震災復興メシを食べようと意気込んだのだが、
時間が遅くてどこも閉まっていた涙。
行き着いたのが松川浦の食堂「十三や(とみや)」。
おねえさんがすんごいサービスしてくれました

カキフライ定食
ゲソ揚げやホットコーヒーや、次から次へとサービスしてくれて、
なんかすごくうれしかった。
翌日も蕎麦屋で天ざる食べたらコーヒーをサービスしてくれた。
福島はコーヒーサービスが当たり前なのかしら?
食堂でコーヒーサービスって東京じゃあんまりないと思うのよね。
お茶はもらえるけどさ。

その後、県営球場の花火を観に行く。
ふくしまMUSIC HANABI2015。
花火を球場でどどーん

花火は撮るのが難しい
音楽とともに頭の真上でどんどこ上がる花火はすごい迫力。
花火のカスがバラバラ降ってくるくらい、真上で上がるってすごい。
天に昇っていく花火は竜みたいだった(見たことないけど)

夜は福島駅前の居酒屋で郷土料理と郷土酒。
浪江のふとっちょ焼きそば、こづゆ(まめぶみたいな感じの根菜汁)、
酒は蔵太鼓。

翌日は二本松のちえこんちへ。
これは看板(イモトアヤコに似てるね)

ちえこってのはあの「智恵子抄」の智恵子ね。
私もMもあさはかな記憶しかなくて、
私「高村光太郎の嫁、だったよね?」
M「確か病気になって光太郎が介護したんだよね?」
私「光太郎って詩人で作家だったっけ?」
M「そもそも智恵子って何やってたんだっけ?」
なんつう会話。それを確かめるべく智恵子記念館へ。
ちえこんち

もともとは酒蔵の長女で、インテリ女子。
洋画を学んで、「青鞜」の表紙絵を描いたら、
うっかりそのご縁で詩人で彫刻家の高村光太郎に出会っちゃって。
結婚するもド貧乏。
その後、父がなくなったあたりから智恵子の病気始まる。
46歳で精神分裂病(いまは統合失調症)、
最終的には肺結核で亡くなる。

智恵子、すまん。あなたのことまったく知らなかった…。
罪滅ぼしに今さら智恵子抄を読んでみるよ。

旅をプロデュースしてくれたMに感謝。
ついでに言えば、あたしたち25周年になるわね。






Posted by 吉田潮 on 2015/06/01 at 16:43:37




«Prev || 1 || Next»